日本の伝統的空間の魅力
ここ数年、オーストラリアでは日本の伝統的な空間やそれを生み出す内外装材への注目が高まっています。例えば和室や布団の素晴らしさ、外と内を緩やかにつなぐ縁側、光の陰影を作り出す障子、また空間を完全に閉ざさない襖などが挙げられます。そのような日本に古くから伝わる生活のなかの美意識を自身の日常空間に取り入れたい方が増えているのです。
飲食店をはじめとする商業物件のケースには前回でも触れましたが(→Vol.4)今回は一般住居の事例も交えながらご紹介したいと思います。
奈良県吉野にある旅館で撮影した部屋からの風景
伝統素材を使ったカスタムメイド
主に私たちが取り扱わせていただいているのは、畳や手漉き和紙、組子細工やヒノキの一枚板などの伝統内装材と呼ばれる素材です。これらの素材は、単なる装飾にとどまらず、空間に深い意味を与え、使う人々に心地よさをもたらします。建国してまだ100年程の若い国であるオーストラリアでは、ものづくりの文化が根付いているわけではなく、労働環境の規制や働き方の慣習なども影響し、伝統的な職人技を生かした製品は多くありません。そんななか、日本の職人が手掛ける商材は、その品質の高さから大きな驚きをもって受け入れられています。
愛媛県内子町にある和紙メーカー五十崎社中
内装素材として特に注目を集めているのは、日本の木材です。商業施設だけでなく一般住宅においても、日本の木材は人気が高く、その美しい木目と豊かな香りが空間に温かみをもたらす役割を果たしています。現代的な空間に和の美しさを取り入れ、調和させる事例が増えています。
他にも過去には、シドニーのパームビーチにある別荘の寝室に設置するために、パームビーチの風景を組子のパネルで表現してほしい、という注文を受けました。寝室を自然に近い環境に整えたいという施主の意向でヒノキ素材の組子細工が選ばれたようです。組子を使ったオーダーメイドの作品制作、とも言えるこの事例では、完成形に正解はありません。「この部分はもう少し光を取り入れてほしい」などというクライアントの細かな要望を汲み、修正を幾度か行った後に、ようやく完成させることができました。
組子細工を使ったパネル制作
空間に現れる作り手の自然観
私たちが大事にしている職人性(→Vol.2)ともつながる部分ですが、空間作りにおいても商材の背景に人間味を感じられることが求められているように思います。
素材の質や製造方法はもちろんですが、それを生み出す作り手の想いや地域のストーリーに価値を見出すお客様が多いと感じます。単なる機能性や見た目の美しさを超えて、商材から作り手の「意識」のようなものを感じとり、自身の生活空間がより豊かになることを求めているのではないでしょうか。
そのため、私たちもプロジェクトの完成まで、作り手と使い手それぞれの温度感が伝わるようなコミュニケーションを大切にしています。床柱やヒノキの一枚板に代表されるような木材や、インテリアとしても人気の茶道炭は、空間づくりにおいて人気の商材のひとつです。日本では、数世代先を見据えて計画的に山を拓き、無理のない植林を行うなど、作り手のなかに自然と共存する意識が根付いています。
そうした職人の自然観や生き様のようなものが立ち現れてくるものが好まれるようです。
滋賀県での木樽づくりの風景
サステナビリティという根底
現代においては、建築素材についても大量生産・大量廃棄が主流です。機械で大量に作り、売れ残っても破棄して、また新しいものを作る。産業廃棄物も大量に出ます。そんななかで、例えば私たちがお付き合いしている陶器タイルや、和紙、竹を取り扱うメーカーさんは、地元の土を使って、注文が入った分だけ作ります。ロスがそもそも出ない生産方法です。お客さんからすると既製品よりも割高になることもあり、注文から3ヶ月程待つ必要がありますが、そういうことはさほど問題ではないようです。それ以上に、適切な量を作ることや、空間に合わせた柔軟な調整、また素材の安全性などに着目し、彼らが身近な自然のサイクルのなかで無駄のないものづくりをしていることに深く共感してくれるのです。
商材の提案時には「工場の電気はソーラーなの?」とか「製造過程でどれ程の量の水をどこから調達するの?」などと聞かれることもしばしば。環境負荷について気にされる方が、私たちのお客さんには多いです。
これらを包括する「サステナブル」という概念はもはや新しいものではなく、オーストラリアでも特に建築に対しては自然に考慮すべき要素となってきています。そうした社会のなかで、自ずから持続可能性を満たしている伝統商材が結果的に好まれているのです。